私は自分の短編作品を、映画のように味わえる「映画的小説」として書いています。
映画的小説と呼ぶには未熟な点も多々あるのですが、カメラのアングル、視覚的効果、クライマックスなどを映画的に考慮して書いています。
たとえば、拙作のAI車が衝突する話「Final Anchors」では、映画として考えたとき、具体的な地名(場所)をまずサンフランシスコに決めました。それにより道路や交通の状況、交通ルールも決まってきます。後には交通ばかりでなく法律の話にまでつながります。
Googleマップとストリートビューで簡易的な「ロケハン」ができます。サンフランシスコの中でも、状況に近い交差点を探しました。
それがこちら。
事故現場(グラント大通りとロンバード通りの交差点)
これでルリハが何を見ているかはもちろん、周囲の状況を確認できます。左右に逃げ場がなく、見通しの悪い交差点。
こんなところをすっ飛ばしていればそりゃ事故は起きますね。
遥か彼方にはわずかに海が覗いています。
また、物語を書く前に、梗概と、それを拡張した大梗概に基づいて章分けし、枠組みを作ります。このときにクライマックスに至る物語の発展とペース配分を調整します。
登場人物の性格付け、という意味でも映画的手法が役立ちます。登場人物に俳優・女優を想定する、というのも試しましたが、今一つ成果に結びついておらず、もう少し工夫が必要のようです。
映画的小説では、「次に何が来るか」が定まりやすいので、筆が進みやすくなることもあるかも。その一方、予定調和に陥りがちになるかもしれません。勢いで書いてしまう、という方法が向いている人もいるでしょう。
SFを読まない人は多いですが、映画ではSFは大人気。
SFの読書は、知的ゲームです。これはこれで楽しい。
しかし、SFの魅力は映像化した時にひと際輝くように思えます。もちろん適切に映像化されれば、ですが。
拙作短編を映像化(アニメ・実写・マンガ)したいというご提案がありましたらぜひご相談ください。Project ANIMAにも応募予定です。